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亮が生まれて
この25年を振りかえる時、
いろんな事がありすぎた泣き笑いの21年であった。

亮が生まれたのは昭和63年5月15日
予定日より早めに生まれ、体重も男子の平均で母子ともども病院から1週間位 で自宅に戻ってきた。
実家より母が来てくれ、すくすくと毎日を過ごした事を思い出す。
お腹がすく事、 おしめで泣く事以外は比較的順調に成長していった。

2ヶ月ほどで、あやすと笑い、目覚めて人がいないと泣き、
だっこして降ろすとまた泣くの繰り返し、
それが夜中であろうとおかまいなし、
母乳をあげ、おしめを替えても泣くことはおさまらなかった。
だっこしながら寝る日がつづいた。
いつの間にか泣き疲れて寝るというパターンだ。
半年経った頃「アー、ウー」という言葉を言い、
テレビを見てはよく笑った。
しかし「りょう」と呼んでも反応がない。
子どもの近くに行って「りょう」と呼んでも同じである。
何処か焦点が定まらない。
「これは難聴では..」とふっと思ったりもした。
しかし台所で「コト、コト」音がすると、
そちらの方を向く、安心もした。
あんぱんマンのテレビが好きでお姉ちゃんとよく見ていた。
あんぱんマンが出ると「ぱんまん」「ぱんまん」と喜ぶ、
ばいきんマンも好きであった。
満1歳の誕生日が過ぎる頃から出ていた言葉が急に出なくなった。
知り合いに相談してみても男の子は言葉が遅いという事に
自分を納得させた。
だっこしても背筋を伸ばし抱きつかない、暴れる、抱っこするのが疲れる。
目線が合わない、ハイハイがやたらと素早く追いかけごっこをよくした。
唯一お風呂の中ではスキンシップをとった。
お風呂好きな亮はよく笑った。
しかし月日が過ぎる度にその不安は増すばかり、
普通の子どもと比較すると少し違うんではないかと妻とよく話しをした。
亮が歩く頃になると一人で何処にでも行くので目が離せない。
また交通事故等、少しでも環境によいという事で亮が1歳半の頃家を引っ越した。
環境はいい町である。


亮が2歳の頃、私は仕事で熊本に単身赴任することになった。
家族を残して単身赴任をすることに気が退けた。
福岡から熊本は車でも約1時間30位なので毎週帰ることを約束して熊本に発った。
土曜日の仕事が終り夜遅く家路についた。
とにかくデザイン事務所なので終了時間が遅く、家に着くのが毎回夜中である。
また月曜日の朝6時30分に家を出て事務所に入る生活が約1年で終了してくれた。
「よかった!」戻ってこれた。
しかしこの10ヶ月の間、子どもにしたら何年という月日かもしれない。
お姉ちゃんと妻は喜んだ、亮は無表情それに私が単身赴任して1ヶ月位経った頃から私の半径1m以内に入ろうとしない。
両手でおいでをしても母親に隠れて出てこない。
好きなお風呂でも暴れる,亮と本来の生活に戻るまで10日とはかからなかった。
亮にしたら単身赴任の父親はまったくよそ者に写っていたのかもしれない。




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