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亮中学校の頃
昔のことも昨日の事のように。
2学期は、比較的落ち着いた日々が続いた。
中学校での生活にも慣れ、自分なりのペースを取り戻したようで、毎日元気に登校するようになった。
教科では英語の授業が好きなようで、1の1のみんなと一緒に楽しく 学んでいるようだ。
自閉的傾向の子によく見られる特徴として記憶力がずば抜けていいということがあげられるが、
亮もその点においてはいつも家族を驚かせてきた。
例えば、何年も前に終わったテレビアニメに出てくるキャラクターの名前や特徴などを昨日見たこと
のようにはっきりと憶えている。幼稚園のころ、自分がしたことやクラスの友だちの名前、
悔しかったことなどもう忘れてほしいことまで、よく憶えているのだ。
3歳違いの姉が小学校の低学年のころ英語を習っていたのだが、
亮は教材の単語カードがお気に入りで、よく遊んでいた。(たしかその頃4歳か5歳だったと思う)
今でもその頃に憶えた単語はすべて憶えているようで、
それが少なからず学校の英語の勉強に役立っているようだ。 10月の終わりに恒例の文化祭があった。
その中で合唱コンクールというのがあって 全校生徒がクラス別に体育館のステージで合唱をする。
小学校でも何度も経験してはいるけれど、やはり親としては何度経験しても心配で、
果たしてステージのうえで あまり目立たず最後まで歌えるだろうかとドキドキしながら見ていた。
小学生のころと違って制服なので少しでも変な動きをするとすごく目立つし、
コンクールなので順位がつけられる。他のみんなの迷惑になるのでは・・と
正直いって 胃が痛くなるほど心配だった。でもほぼ中央の目立つところに立った亮は、
堂々と 大きな声を出して歌っていた。体育館の2階の後ろのほうにいる私のところまで、
亮の声がはっきりと聞こえた。(本当はもっと小さな声で歌う部分だったみたいだけど)
ホッとすると同時に嬉しさがこみあげてきた。本当によく頑張ったね。
今日は亮くんがなんだかすごく大人に見えたよ。私は心の中で亮に話しかけた。
それから文化祭の会場でも亮の展示会の作品コーナーを設けていただいたことを
お知らせしておきたいと思う。

肺炎で入院・・?

さて2学期も最後を迎えたある日、終業式を目の前にして亮は高熱を出してしまった。
そろそろインフルエンザが流行し始めていたころで、病院でもらった薬を飲ませていたが、
40度近い熱が4日も5日も続き、いつになくグッタリしているので心配になり、
他の病院に連れていったところ、なんと肺炎を起こしていたのだ。それもかなり症状が重く
なっているので出来れば入院させたほうがいいと病院の先生に言われた。
さあ、困った・・・。亮のような子供を入院させるのは並み大抵のことではない。
大騒ぎをして他の入院患者の方に迷惑になってはいけないし、他にもいろいろ心配なことがあったので、
やむなく先生にお願いして通院とお薬で治療していただくことになった。 クリスマスとお正月という、
1年で一番楽しいイベントが重なっている冬休み、亮はほとんどを寝て過ごすことになってしまった。
病院に行くと毎回2時間以上じっと横になって点滴を受けなければならず、
これが亮には一番こたえたようだった。最初の時は大声で叫び、あばれて点滴をいやがったが、
「じっとしていたら痛くないよ。暴れるから痛いんだよ」と何度も言い聞かせ、
なだめすかしてなんとか最後まで頑張ることが出来た。
看護婦さんが2〜3人に私とで動かないように押さえつけての騒ぎになってしまい、
正直いって私はこれが毎日続くのかと思うといささかゲンナリしてしまった。
でもただでさえ注射が大嫌いな亮なのに、針をさされたまま動くことも出来ない点滴をいやがるのは
当たり前のことだったにちがいない。 それでも3回目くらいからは、それほどいやがらずに
「痛くない?本当に痛くない?」としつこいくらい看護婦さんに聞きながら、
いやいやだったが暴れずに点滴を受けることが出来るようになった。
(私が思うに、看護婦さんがなかなかの美人だったのも関係あるかもしれない・・。)
その後、何日か通院して家でもおとなしく寝ていたので、
どうやら肺炎はそれ以上ひどくはならず回復していった。今でも時々亮は思い出したように突然、
「僕、点滴はきらいだ」「恐かったんだよぉ」とその時のことを話すことがある。
よっぽどいやだったのだろうな。 中学生になると中間テストや実力テストというものが行われる。
実をいえば私は、入学するずっと前からそのことが心配だったのだ。
今のところ亮はみんながテストを受けている時は、「ひよどり」で他の勉強をしているそうだ。
50分間ものながい時間、じーっとして黙っていることは亮には、どう考えても無理だし、
まわりの生徒さんのじゃまになってもいけないので、それはそれで仕方のないことだと思う。
ただ、中学校を卒業した後のことを考えると、(高校・・といっても多分養護学校になると思うが、
どこにいくにしろ受験というものはある訳で)今のうちに試験を受ける訓練のようなものは必要だな・・
とは考えている。先生がたともよく話し合いながら、亮の状態を見つつ、
少しずつ慣れさせていくことが出来ればよい・・と今は思っている。


モテルではないか・・亮よ。

2月14日。バレンタインデー。 嬉しいことに亮は3人の女の子から(なんと!)
チョコレートやクッキーをもらってしまった。
(本人はわけが分からず、「へ?」という顔をしていたが)
学校に持っていくと怒られるのでわざわざ家のそばまで来て、渡してくれたらしい。
(後で近所のお母さんたちに聞いた) 特別の意味はなくても、その優しい気持ちがとても嬉しかった。
亮は本当にいい友だちに囲まれてしあわせ者だな・・としみじみ思った。
1月後のホワイトデーに手紙を添えてささやかなお礼をさせてもらった。


恥ずかしさを知らない・・のかナァ。

入学当時はどうなることやら・・と心配でたまらなかった亮の中学校生活だったが、
2学期、3学期と特別大きなトラブルを起こすこともなく過ごすことが出来たと思う。
(もっとも、小さなもめごとや少し困った出来事はたえず起こっていたのだが・・。)
困ったことのひとつは、トイレ(大きいほうの時)に行くとき、
廊下にズボンを脱いだまま入っていることが担任の先生に分かって、
相談を受けたことがあった。そのときは、ズボンは廊下で脱がないでトイレの中で脱いで
ドアのところに掛けておく、ということを先生と約束したということだった。
中学生になると体も急に大きくなって、大人とかわらない体格になる。
もともと羞恥心というものがとぼしい亮のような子供は、人にお尻や大事な部分を見られても
別に何も感じないということが多い。
我が家ではその点だけはうるさいくらい言い聞かせてきたつもりなのだが、
せっぱつまった時はつい恥ずかしさを忘れてしまうのだろうか。
今のところはそれ以上のことは先生も何も言われないので、約束は守られているらしい。

いじめの対象・・?。

また、小さないじめのような出来事もあった。
そのときは、学年集会を開いてもらって先生からみんなに話をしていただいた。
親としては心配ではあるのだが、あまり大きく取りあげられて他の何も知らない生徒さんたちに
嫌な思いをさせたくないとか、 逆に反感を買ってしまうのではないか・・
などといろいろ考えてしまうのだが、こといじめに関する問題に関しては、
中学校のほうでも常に注意を(他の生徒さんについても)しておかなければならないことなので、
先生がたの判断におまかせをした。 なにげなく言った言葉や、他の子に言った言葉などにも亮は
神経質に反応してしまうことがあるのでので困ったこともいろいろあった。
思わぬことでパニックになってしまい、相手を傷つけてしまったことも一度や二度ではない。 大きな物音や叫び声などが苦手で、そのことを知らない回りの生徒さんたちにとっては、本当にはた迷惑な話だろう。でもほんの少し気を使ってくれることで、亮のような子供たちにとって、学校がとても居心地のよい場所になるということをみんなに知ってほしいと心から思う。 あっという間に1年間が過ぎて、亮は2年生になった。「ひよどり」の担任の先生が変わった。親学級の先生も副担任も全部変わってしまい、亮にとって回りの環境が大きく変化したわけだ。せっかく慣れたところだったのに、とても残念だった。 しかし、親やまわりが心配したほど、亮に動揺は見られず、たんたんと2年生がスタートした。 新しい「ひよどり」の先生は、久田先生とおっしゃるまだ若い元気いっぱいの男の先生だ。優しくて友だちみたいな先生で亮はすぐになじんだようだ。親学級の担任は数学の深川先生。サッパリとした感じの女の先生である。 小学校の時から仲良しの祈人くんが1年生に進級し、「ひよどり」の新しい仲間に加わった。毎朝、亮は祈人くんを誘って学校に行くようになった。どちらかというとせっかちの亮と、のんびりおっとりとした祈人くんのコンビはなかなか面 白い組み合わせだった。特別べったりとくっついているわけではないが、お互いの存在とお互いの生き方を彼らなりに尊重しあっている・・とでもいうのだろうか。

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